寺田マケの幟を立てぬ正月
どんな伝承か
寺田マケは皆将門の家来だったと伝えられ、家には刀を押さえるサス又や龕灯提灯、刀が一振り残るという。その名残で正月の門松は華やかにせず、松を束ねて転がしておく。節供にも幟や鯉幟を立てない。幟を立てれば吹き流しをやることになるのが良くないといい、大正の始め頃まで鯉幟を立てる家はなかった。将門の残党が詮議を逃れて世を忍んだからだとも語られる。成田山には絶対に参らず、板橋の不動へ参るという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史・自治体史(民俗))
『取手市史 民俗編2』第四〜六節所収の伝説・不思議な話・祟り。茨城県取手市に伝わる口承を採録する。