東京帝国大学とマスコミと
どんな伝承か
長尾邸での実験のあと、当事者の藤と藤原咲平は『千里眼実験録』を著し、福来友吉は著作の上では以後沈黙を守った。著者は騒動の構造を、全国的な千里眼ブームを土台に千鶴子・郁子という能力者が現れ、維新以来ようやく整備された報道機関が情報を何重にも増幅した結果と整理する。追試者の山川健次郎・藤・藤原・中村清二はいずれも理学者で、福来を含めほとんど全員が東京帝国大学の教官であった。藤原は「丸亀に於ける千里眼現象は手品に由りて成さるものならんか」と断じ、山川は事実の有無の判定は物理学者が適任だと述べた。物理勢が一丸となって対抗した心理学者は福来ただ一人であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))
井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。