大蔵省で気焔を吐く名物男葦原将軍
どんな伝承か
東京の新聞に葦原将軍の名が初めて載ったのは、明治十三年六月一日の『東京絵入新聞』である。「名物男葦原将軍/大蔵省で大気焰」と題した記事は、瘋癲として名の知れたこの男を、下谷金杉下町に住む三十一歳の葦原金蔵と紹介し、前日に大蔵省へ乗り込んで例のごとく熱弁をふるい、巡査の世話になったと伝えている。同じ月の十二日には、清国の李鴻章へ電報を打ったという記事も出た。彼が東京府癲狂院へ初めて入れられるのは明治十五年で、それ以前から新聞は彼を名物男として扱っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・現代(近代史研究))
民俗学者・川村邦光が、近代日本が在来の習俗や憑きもの信仰をいかに〈迷信〉として再編し、狐憑きを脳病・神経病・憑依妄想へ病理化したかを、具体的事件・事例に即して論じた近代史。