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生神と呼ばれた千里眼の島一透

所在地東京都港区
年代明治30年代
登場島一透、千里眼・易断の生神
出典心霊哲学の現状

どんな伝承か

日光の千里眼を紹介する前置きとして、よく似た例である島一透の話が語られる。四、五年前まで芝の愛宕下町に住み、今は故人となった千里眼で、粗末な衣食に甘んじて名利を求めず、米を口にせず蕎麦粉のようなものを常食とした。占いを頼みに来た客が用件を言い出す前に胸の内を見通し、何を聞きに来たのか、その答えは何かを先に告げてしまう。それがことごとく当たったので、生き神と評判になったという。

原典より

島一透は粗衣組食するも名利の念なく米を食せず常に蕎麥粉の類を用い人が占いを求めると其用向を言はない前に其胸中を透覺して『お前は斯う云ふ事を訊きに来たのだらう其は斯うである』と客が問はぬ前に答をする。—— 心霊哲学の現状(高橋五郎・1919年(大正8年)) より引用
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出典の文献について

心霊哲学の現状(高橋五郎・1919年(大正8年))

『心霊哲学の現状』は、高橋五郎が大正八年に著した心霊研究の概説書である。英国のロッジが戦死した子レイモンドの霊と交わした冥界通信をはじめ、欧米の交霊術と霊媒の実例を訳して紹介し、日本の催眠術と千里眼の流行、御船千鶴子・長尾郁子の事件、霊光や念写までを論じる。篇と章に分け、心霊哲学とキリスト教、クリスチャン・サイエンス、淘宮術との関係や、太霊道など国内の霊術諸派も取り上げ、ところどころに評註を添える。

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