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木曽で最初に札が降った三留野宿

所在地長野県木曽郡南木曽町読書三留野
年代慶応三年(一八六七)十月十一日
登場山田屋、仁科、仁科両家、降札のあった家
出典長野県史 通史編 第6巻

どんな伝承か

木曽谷で最初に札が降ったとされるのは、慶応三年十月十一日、三留野宿の山田屋と仁科の両家である。これを境に、毎日のように札が降ったという噂が谷じゅうへ広がっていった。名古屋から美濃を経て木曽路へ入ってきた流れがここで表に出たかたちで、月末には馬籠宿の産土神である諏訪神社の札が降り、翌日には問屋と本陣にも降っている。妻籠宿からは水戸浪士に扮した百人あまりの行列がやってきて、子どもを引き馬に乗せ、鎧兜や槍弓を携えた姿が圧巻だったと伝えられる。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

長野県史 通史編 第6巻(長野県史・昭和中期~後期(推定))

本書は慶応3年(1867年)7月から慶応4年(1868年)3月にかけて、信濃地方で発生した大規模な「お札降り」現象を記録した歴史文献である。三河渥美郡に始まった札降り現象は東海道沿いに伝播し、名古屋での流行を経て信濃各地に波及した。飯田、高遠、松本、諏訪などの城下町から農村部まで広範な地域で、神社のお札や御幣が降下したと報告され、各地で「豊年踊り」と称される大規模な祝祭が展開された。

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