渡名喜島の曝葬
どんな伝承か
明治から昭和前期にかけての小説家・菊池幽芳は『琉球と為朝』の中で、粟国島南方の渡名喜島(島尻郡渡名喜村)の葬制を書き留めている。この島では死者を埋葬せず阿旦の下に置いて風雨に曝し、腐敗を待った後にようやく骨を壺に収め、祖先以来の墳塋にまとめて合祭したという。そのため島では犬の飼育も禁じられていたと伝わる、曝葬(殯)の葬制の貴重な記録である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)
明治から昭和前期にかけての小説家・菊池幽芳は『琉球と為朝』の中で、粟国島南方の渡名喜島(島尻郡渡名喜村)の葬制を書き留めている。この島では死者を埋葬せず阿旦の下に置いて風雨に曝し、腐敗を待った後にようやく骨を壺に収め、祖先以来の墳塋にまとめて合祭したという。そのため島では犬の飼育も禁じられていたと伝わる、曝葬(殯)の葬制の貴重な記録である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)