金谷宿・南天に降った疫神斎札
どんな伝承か
遠江国の金谷宿では慶応三年八月中旬、浅右衛門の家の南天の木に疫神斎の御札が降った。しかしこのときも札を祭って参詣する程度で、「ええじゃないか」の騒ぎには発展していない。金谷宿の「ええじゃないか」が本格的に始まるのは九月十二日からで、文左衛門宅の表板敷に伊勢の御札が降ったのがきっかけであった。八月上旬に市ヶ島で娘が箱祓を拾った一件とあわせ、この宿では本格的な騒動の前に単独の御札降りが二件起きていたことになる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。