四国遍路の奇蹟(盲人開眼)
どんな伝承か
昭和六年正月十五日、高知県香美郡野市町の森田という農家へ五十くらいの総髪の四国遍路が来た。ちょうど昼飯時で、盲目の喜久次翁も女房の弥久於媼の給仕で飯を食べていた。喜久次は六十二。二十五年前に稲葉で右眼を突いて明を失い、十三年前には白内障で左眼も見えなくなっていた。遍路は「禁厭をしてあげましょう、五日で見えますよ」と言い、盃の水を一口飲ませ残りで眼を洗って去った。果たして二十日の朝、右眼が見えるようになった。一家は恩人を捜したが行方が知れず、大師が仮に姿を現したのだと言いあった。後に高知市の青柳橋付近で見つかった遍路は、東京市本所区緑町の高橋一郎、五十一であった。
原典より
* 如来像の怒り (328)* 屋根の仏像 (330)* 七福神の像 (331)* 弘法大師の像 (332)* 釈迦像を砕く男 (333)* 山の神の怒り (334)* 怪火を見た経験 (33…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年))
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