怪人の眼
どんな伝承か
維新の少し前、土佐藩士の小坂丹治は香美郡佐古村の金剛岩のあたりで小鳥を撃っていた。朝、山に登るとき茨の中から猿とも嬰児ともつかない怪しいものが出て来て、じろりと丹治を見て隠れた。大岩の上で、捕ってはならない鶴が松にとまっているのを見つけ、こっそり撃つと手応えはあるのに鶴は平然としていた。気味悪くなって渓へ下りると、あたり一面が赤い毛氈の雛壇に変わり、丹治は鉄砲で叩き割りながら逃れた。百姓家で茶をもらった帰り道、墓が歩くような背の低い男とすれ違い、睨むように光るその眼が忘れられなかったという。
原典より
「鶴も、雛壇も、それ程でもなかったが、背の低い男の眼は、今に忘れません」—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。