奇蹟の処女
どんな伝承か
昭和九年六月のことである。名古屋市西区寿町の袋物商都屋の主人都築忠太郎の六番目の子鈴子は二十一。金城女学校を体が弱くて中退し、前年七月に風邪から肺を悪くして病床にあった。晩春から病勢が募り、母親の曾宇は信仰する中島郡明治村の矢合観音へ三七日の水垢離の願をかけて参拝した。その満願の十七日、前夜から看護していた親友の恒川俊子が自宅へ帰って眠ると、鈴子が枕頭に来て「観音様へお参りに往くから迎えに来たのよ」と告げた。目覚めると鈴子の家から電話があった。病床の鈴子は午後四時頃危篤となったが、やがて顔に紅がさし、家族十数名の名を澄んだ声で呼んで話をし、駆けつけた俊子に頷いて息を引き取った。
原典より
* 殺した実母が迎えに来る (246)* 母の変死 (247)* 石地蔵の首を締める (250)* 池の中の足首 (253)* 蟹 (255)* 竹杖に芽を吹く (258)* 掠奪した短刀 (…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年))
日本怪談実話(田中貢太郎)/幽霊と怪光の実話/怨霊と祟り・因果/死の前兆と怪音/各地の怪異実話