同じ時刻に割れた陰膳の茶碗
どんな伝承か
飯塚部隊の歩兵伍長相宮和三郎のもとへ、二月二十日の朝、妻の房子から手紙が届いた。先月八日に陰膳へ供えていた夫の茶碗が二つに割れ、三度の飯を盛る茶碗だけに不吉に思えてならず、無事の便りを神に願いながら待っていた、今日やっと便りが届き、ちょうどその時に危険な場所にいたと知れて、茶碗が身代わりになったように思われる、という内容である。相宮は十一月八日の午後八時ごろ、戦友数名と蘇州河の敵前渡河を敢行し、敵前五十メートルで大部隊の夜襲を受けて包囲され、弾も尽きたが、単身で這って後退し翌未明に危急を伝えた。神田区仲町の実家では、子が転んだ途端に棚から茶碗が落ちて割れたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫版・決定版・昭和13年編纂(1938年))
日本怪談実話(田中貢太郎)/幽霊と怪光の実話/怨霊と祟り・因果/死の前兆と怪音/各地の怪異実話