怪しき旅僧
どんな伝承か
武蔵の川越領の三ノ町にある農家へ、風の寒い夜、旅僧が来て宿を乞うた。冷酷な主人は渋々家に上げたが、明かりも食べ物も与えなかった。障子の破れから覗くと、旅僧の右手の指一本一本に火がともって部屋が明るくなった。旅僧が拳を鼻の穴に押し込んで抜くと、小さな人形が何百も飛び出して部屋を耕して水田にし、稲を実らせて米にした。旅僧はそれを飲み込み、歩いてきた鍋で飯を炊くのに自分の膝から下を叩き切って薪にした。主人に呼ばれた隣家の男たちが寝込みを押さえると旅僧はするりと抜け、酒の徳利に入り込んだ。打ち砕くと黒い煙と雷のような音がして、旅僧は消えていたという。
原典より
それは旅僧の右の手の指に、一本一本火が点いて燃えているところであった。—— 日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年))
『日本の怪談』は、田中貢太郎の怪談を昭和四十五年桃源社刊『日本怪談全集』から抜き出した文庫本で、昭和六十年十二月に河出書房新社から発行された。「宝蔵の短刀」「八人みさきの話」など土佐の城下や村の話をはじめ、江戸・京・吉野などを舞台にした幽霊・狐狸・猿・魔物の話を、会話の多い語り口で収める。二十七篇の後に尾崎秀樹の解説を付し、高知に生まれた作者の生涯と怪談・妖異譚への傾倒をたどっている。