遊行の巫女イチコ
どんな伝承か
大正の初めごろまで、渋川地方には歩き巫女のイチコと呼ばれる遊行の巫女がやって来ていた。東北地方のイタコと同様の遊行の巫女で、白い着物に朱の袴をまとった姿が印象的だったという。庭に四本の竹を立てて注連縄を張り、釜に湯を沸かしてその湯に笹をつけ、身体にふりかけて拝む儀礼を行った。これは湯立ての占いとみられ、年の吉凶や家の幸不幸を占い、時に託宣を行ったとも伝えられる。またイチコは、死者や遠く離れた人の言葉を伝える死に口・生き口の仲立ちも務めたという。祈禱師としては笠間稲荷系の者が知られ、利根郡や吾妻郡方面からも失せ物や病気の判断を求めて人々が訪れたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 民俗編(市史編纂シリーズ・1980年代-1990年代推定)
本書は群馬県渋川市の民俗編として、地域に根ざした信仰体系と死生観を記録した資料である。民間信仰と俗信を既成宗教以前の下部構造と位置付けた上で、死の前兆(人魂現象、予知)、生死の境での異世界体験、死後の蘇生・生き返り、転生輪廻などの多様な事例を収集している。特に行幸田地区では生き返り事例が集中し、地域固有の信仰と関連する可能性が高い。