女房に憑いて惚気を言う狸
どんな伝承か
狂乱者を点検すると、ただ一人、百姓の妻だけがまだ正気に戻らなかった。憑いた者に何者かと問うと、『俺はこの女と旧い馴染で、仔細あって離別していたが、今回久しぶりに再び馴染を重ね、偕老同穴を契った上はこのまま別れる気はない。末永く二人を添い遂げさせてくれ』と、両袖を顔に当てて泣き出した。役人が芥子を庭の大木に縛った女の鼻の下で焚き、煙を吸わせる荒療治を施したが効かず、ただ狸の泣き声を出すのみで邪気退散の見込みはなかったという。
原典より
乃で件の女を庭の大木へ縛りつけ、附近の人家から芥子を取り寄せ、鼻の下で燒立て、、その煙を鼻の孔へ煽ぎ込むといふやうな、亂暴な手段を講じましたが、一向効能は見えないのでした。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。