天鈿女命を名乗った乱心の女
どんな伝承か
祈禱の翌日、久武山城は口の達者な四、五人を前に座らせて問答をした。神代や源平合戦を口走るわけを問い、本当に古狸なら讃岐の八島の合戦を語ってみよと迫ると、一人は神主なら猿田彦の話でも聞かせるのが筋だとやり返した。一人の女は自分こそ天鈿女命の化身で、神楽で女面をかぶり舞うのはけしからぬと叱りつけ、髪を振り乱して狂った。祠を建てれば鎮まると言うので小さな祠を建て神鏡を納めたが効き目はなく、神職たちは二月八日に村を引き揚げたという。
原典より
さう言つて髪を振り亂し、拍手合掌して、狂亂の限りを盡すのでした。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。