武太夫碑の異伝
どんな伝承か
三次町の中心街から西城川に沿って北上すると、熊がうずくまるような山容の比熊山が迫る。その麓、かつて稲生家の屋敷があったとされる一画に稲生武太夫碑が立つ。昭和三年に地元の観光振興策として建てられたもので、背面には陸軍中将・有田恕の碑文が刻まれている。その碑文には通説とまったく異なる物語が記されていた。稲生武太夫、幼名平太郎は三次郡布野村の農家に生まれ、怪力を買われて浅野藩に召し抱えられ、藩主の命で諸国を遍歴して妖怪を懲らしめること十数回、帰藩後に比熊山の妖怪を退治した功で麓に屋敷を拝領したという。前後が逆転し、『稲生物怪録』の出来事はなかったことになってしまう異伝である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・1996年-2004年(取材期間に基づく推定))
魔王の木槌を求めて=稲生物怪録(妖怪伝説奇聞)/稲生平太郎の妖怪変化体験/一ツ目巨人・逆さ生首・化け蝦蟇/三次・比熊山の妖怪伝説/各地の妖怪奇聞