波の上で自殺直前に救われた金城米子
どんな伝承か
十八年に及ぶ神ダーリーの苦業に疲れ果てた金城米子は、子どもの食費もなく自殺を決意し、夜の那覇港近くの波の上海岸でひとり包丁を構えた。腹を突き刺そうとした瞬間、白衣の老人が現れて包丁を叩き落とし、家に戻って水を七回浴び塩で清め仏前に伏せと告げた。翌朝見知らぬ女性客が訪れ、神の判示を口伝えすると三千円もの謝礼を得て、それを機に金城はユタになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ユタと霊界の不思議な話(月刊沖縄社・昭和(1985年・昭和60年前後))
月刊沖縄社が1985年(昭和60年)前後に刊行した「ユタ・ハンドブック」。沖縄の女性霊能者ユタ20名(実名取材8名=新垣好子・漢名光子・金城米子・玉城静子・玉寄郁子・原田貴美枝・伊識春野・諸見里よし子)への取材を、序章の体験談5話、第一~四話の問答34項目、第五話「ユタを母に持った子の手記」、伊識・金城の霊示事例、有名霊能者120人名簿、用語集で構成する。