小瀬口戦争前方、中山御塔、白キ水流出ル事
どんな伝承か
芸州中山村の渓に吉川興経桃源公の御塔がある。中山の者は古くから、岩国の吉川家に何か吉事があるときは必ずこの御塔の谷から白い水が流れ出る、その例は確かなことだと伝えてきた。慶応二年、幕軍が防長に迫った折、梅雨の中を幕兵が広島から石州へ出張する途中、この中山村を通過した。このとき彼の御塔の谷から白い水が日々流れ出た。中山・新庄あたりの者はこれを見て、今度の戦争は防長の勝軍に疑いないと皆で言い合った。編者はこの話を新庄村の三上一彦と佐伯廉介から直に聞いたが、新庄辺は迷信を畏れる人が多く、白水の話も全くは信じ難いと按じている。
原典より
芸州中山村/渓二吉川興経桃源公御塔アリ。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。