鈴川何某、化物に逢ふ事
どんな伝承か
上口という所に鈴川何某という人がいた。夜が更けてから乗越の脇の土手小路を通っていると、雲の切れ間の薄明かりに透かして見えたのは、二つ並んで置かれた獄門首であった。これを見るなり気も魂も身に添わず、足を空にして、そのまま近くの家に駆け込み、かくかくしかじかと語ったという。
原典より
上口といふ処に鈴川何某といふ人あり。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。