河の上の化生の事
どんな伝承か
桂何某という人(重孝君の先祖)が鮎漁のため夜の川へ出た。夕方から鮎は沢山見えるのに網には一つも入らない。夜が更けるにつれ川風が身にしみ、何とも物すさまじく感じられた。小者の角左衛門(後の一行)が、少し船でまどろんで暁がたにまた網を使いましょうと言うので、主人はもっともだと羽織をかぶって寝ていた。すると船の舳先に大坊主が立ち跨っている。目は一つで、鏡のように光り、恐ろしさは限りない。ここは先手を取るところと思い、主従二人が水棹と櫓で坊主を打ち倒すと、その勢いを見てかき消すように失せ、跡は白波となった。夜はほのぼのと明け、鴉の声とともに舟を漕ぎ返したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(編:藤田葆/増補:今田純一/付録:静間密)・天保年間成立・明治期増補(原本明治四十三年成稿)/昭和51年(1976)岩国徴古館刊)
岩国藩士・広瀬喜尚(仁兵衛、天保頃の博識家)がまとめた郷土怪談集を核に、明治期に今田純一(散木園主人)が二十余条を増補(追加)し、さらに藤田葆が古老聞き取りの『続怪談録』・歴史的瑞兆を集めた『実事談』・幼童の変死記録を集めた『変死部』を継ぎ、巻末に静間密の怪火・投石怪五話を付録とした、岩国・錦見・横山周辺を舞台とする総合怪異録。