吉川興経と犬塚
どんな伝承か
十代安芸小倉城主の吉川駿河守興経は、深川の地に幽閉されて三年後の天文十九年、毛利軍の熊谷・天野両氏の部下に囲まれて屠腹して果てた。このとき、興経が平素かわいがっていた愛犬が主人の首級をくわえ、深川から十数里の山を越えて山県郡大朝町新庄の小倉城へ帰ろうとした。見つけられては一大事と人目を忍び、食物も取らずに走り続けた犬は、小倉城の手前の中山まで来て倒れ、まもなく息絶えた。倒れた所が傾斜面だったため興経の首は転がり落ち、その落ちた所に墓を建てたので、愛犬の墓が主君の墓より上の段になっているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。