被爆して生き残った榎を守る子供たち
どんな伝承か
一九四五年八月六日、広島に原爆が落とされた。灰燼の中に、焼けただれた榎が一本立っていた。やがて町は復興し、近くに基町小学校が建つ。榎も芽を吹いて枝を伸ばしたが、原爆にえぐられた幹の洞へ、ごみや空き缶が投げ込まれるようになった。心を痛めた小学校の子供たちは、この木を守ろうと呼びかける立て札を立て、掃除をし、水をやった。捨てる人は減ったが、台風が二度来て枝は折れ、木はまた無残な姿をさらす。各地から千羽鶴や便りが届き、大阪から八〇を過ぎた樹木の医者が来て、まわりの土を掘って手当てをした。榎は若い芽を出したものの、やがて力尽きた。そのそばでは二代目が育ちはじめ、子供たちは枯れた木と若木の両方を守り続けているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 9 (木霊・蛇)(松谷みよ子・現代民話考・昭和〜平成)