鹿島則文の身代わり流罪
どんな伝承か
鹿島則文は父の罪に代わって、慶応二年に八丈島へ流された。明治元年に赦されて島を出ている。島の流人帳には五位とだけ書かれて本名が伏せられているが、近藤富蔵の著した八丈実記の序には本名が記されているという。幕末の流人にはこうした身代わりの遠島のほか、下手な狂詩や発句を残した者、八丈寝覚草の筆者のような書き手も混じっていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。