賀茂規清の八丈流罪
どんな伝承か
幕末の八丈島の流人には変わり種が少なくなかった。『岩戸開』などの著者として知られる賀茂規清、すなわち梅辻飛騨もその一人である。弘化四年にこの島へ送られてきたが、一年と経たずに死んでしまった。近藤富蔵の流された文政十年以後に八丈へ送られた者はおよそ六百人足らずで、そのうち半分ほどが島で死に、七十人ばかりが抜け舟を企てて失敗し、あるいは成功したと記録されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。