赤蜂本瓦の乱と八重山征討
どんな伝承か
赤蜂本瓦(アカブザホンガワラ)の乱が石垣の島に起こったのは、明応九年の出来事であった。その政敵であった長田大主は古見に遁れて生命を全うし、援を中山に乞うたと由来記に見える。赤蜂征討の船軍には、久米島の巫女の長である君南風を特に乗り組ませ、舳先に立って祈を捧げさせた。それでも四十六隻の中山の兵が石垣の浜に上陸しようとすると、婦女数十人が手に樹枝を持ち、天に号び地に呼ばわって法術を行うかと思われ、味方の士気も頗る沮んだと記してある。しかも大浜の百姓たちは、今もって村の殿内に赤蜂を祀り、赤蜂は死せずの伝説さえ囁かれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。