中山王の久高島参詣の起源
どんな伝承か
第四王朝の尚金徳王は、すなわちこの思金松兼のことかという説がある。それではわずか四百四十年ほど前であるが、あるいはもっと古い話であったかも知れぬ。中山国王が年に一度、海を渡って久高の島の神を拝まれたのもこの時からで、その例が絶えて後も久しい間、外間の根人と外間祝女は毎年上って来て魚を献じ、御目見えをした。その時、根人には玉貫一双、祝女には葉茶と煙草とを賜わるのが例であったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。