久高島の五穀と鷲が運んだ稲種
どんな伝承か
少なくとも沖縄本島では、住民が稲の種を携えて入って来たのではなかった。おもろの一章によれば、アマミキョは彼らの始祖の名であったようにも取れるが、その子孫もしばらくは同じ名で呼ばれていたらしい。島の東南部にある久高という属島の浜に、白い小甕に入って寄って来た五つの種子の中には、シラチャネすなわち稲の種だけが欠けていたので、アマミキョは天に祈って鷲をニライカナイに遣ってこれを求めさせたところ、三百日目に三穂をくわえて戻って来た。初めてその種子を蒔いた田を三穂田といい、知念玉城の親田であるという。久高はもとより砂地で水の乏しい島で、白種を蒔くことができなかったためである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。