鶴の穂落とし田
どんな伝承か
アマミキヨの子孫にアマミッという人がおり、唐の世に遣唐使としてシナの福建省へ行ったが、うまい米の種はどうしてももらえなかった。その後、北山城の伊波按司がシナに渡ったときも同じで、鶴を慣らして首にくくってやればよいと教えられた。教えの通り鶴を放すと、南風に吹かれてノエジという所で鶴は落ちて死んだ。伊波按司は探しに来てその辺に仮小屋を立て、そこが今のイワガーとなった。鶴のくわえていた稲穂で植えた田が三穂田で、そこから稲が広がったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第15巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第15巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全185話(奄美・沖縄=南西諸島)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。