水戸のエビスと竈神・夷神の神像配り
どんな伝承か
会津のイタカの家に寛永年間の古文書が伝わり、上納受取の証文の宛名に「エビス大夫」と記されている。エビスと呼ばれる賤民は常陸にも住んでおり、水戸の台町にその部落があって、竈神または夷神の神像を配ることを業としていた。鹿島の宮中村にもエビスが十戸ほどあり、足黒村にも住む者があった。近世に至るまで人々はこれを賤しんで通婚せず、良民と軒を並べることができず、おおむね町のはずれに住んだという。以上は新編常陸国志に見える。エビスと称するのは戎神の神像を配るためで、蝦夷のエビスとは直接の関係はないと考えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
巫女考・毛坊主考ほか(柳田民俗論考)(柳田国男・大正期)
柳田国男の民俗論考(巫女考・毛坊主考ほか)から具体事例を全20話抽出。井上円了総論部は事例0で除外・山民の生活/山人考はbook_451へ一本化。