田植えを手伝った玄国寺の地蔵
どんな伝承か
諏訪町の玄国寺の地蔵は、土屋薩摩守の下屋敷で井戸替えをした際に掘り出されたものと伝わる。この像にも、旅僧の姿をとって田植えを手伝ったという話がある。仕事を終えた僧の後を人がつけていくと、僧は地蔵堂のなかへ入って消えた。改めて地蔵を見ると膝から下が泥まみれになっていたため、以後は田植え地蔵とも呼ばれるようになったという。
原典より
新宿区諏訪町の玄国寺の地蔵は、土屋薩摩守の下屋敷から、井戸替えの時に出たものと伝えられる。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・昭和51年(1976)刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・昭和51年(1976)刊)
大島建彦・渡辺千佳子『武蔵の伝説』(角川書店「日本の伝説」シリーズ・昭和51年=1976刊)を全799話・伝説単位で収録(巻頭「はじめに」は除く)。旧国「武蔵」=東京都・埼玉県および神奈川県の一部(川崎・横浜など)にまたがる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事 の八部門に分類して集成する(内訳 東京都371・埼玉県353・神奈川県75話)。