淑徳稲荷神
どんな伝承か
清哲町折居の新居の西に、正一位稲荷大明神の祠がある。個人の屋敷神といわれるが、祀られてからは里人の崇敬を受けてきた。祭神は京都伏見稲荷の分霊で、もとは川上の村に祀られていたが、水害で本殿も社地も流され、行き場を失って流浪していたという。当区のある家の若主人は、若くして妻と死別し、酒で悲しみを紛らして日を過ごしていた。ある夕方、家路につくこの若者に稲荷神がめぐり合い、後をついて家に入った。若者は神の来られたことに気づき、喜んで屋敷神として祀ったという。以後この神は、火災には火柱を立て、凶事には石を積み、吉事には嬉し泣きの声や提灯の行列を見せて、吉凶禍福を予告したと伝わる。
原典より
新居の西に、正一位稲荷大明神のほこらがある。—— 韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊)
山梨県韮崎市(穴山・穂坂・清哲・神山・大草・藤井・竜岡・中田・円野ほか各町)に伝わる伝説・民話を、木/石/水/塚/坂・峠/山/谷・沢/屋敷跡・城址/祠堂/その他 の各部門に分類して集成する。武田信玄・勝頼ら甲斐武田氏や新府城にまつわる伝承、日本武尊・源為朝・弘法大師の旧跡、御神木や霊石・霊池の怪異、稲荷・地蔵・観音の霊験、狐狸むじな・河童・鬼の昔話など、韮崎の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。