おかめ女岩
どんな伝承か
穴山町次第窪に富豪の名家があり、一人の娘がいた。容貌が悪く、里人は皆おかめさんとあざけった。成長しても結婚に恵まれず、ついに七里岩から身を投げて死んだという。おかめ女屋敷は後継ぎがなく断絶し、娘が身を投げた七里岩は千尋の絶壁で、人はこれをおかめ女岩と名づけた。その後も誤って落ちて死ぬ者が多く、別名を地獄谷ともいう。近くには大風穴があり、奇岩怪石が多く、秋は紅葉の名所として名高い。
原典より
次第窪に富豪があった、名家にて一女があった。—— 韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊)
山梨県韮崎市(穴山・穂坂・清哲・神山・大草・藤井・竜岡・中田・円野ほか各町)に伝わる伝説・民話を、木/石/水/塚/坂・峠/山/谷・沢/屋敷跡・城址/祠堂/その他 の各部門に分類して集成する。武田信玄・勝頼ら甲斐武田氏や新府城にまつわる伝承、日本武尊・源為朝・弘法大師の旧跡、御神木や霊石・霊池の怪異、稲荷・地蔵・観音の霊験、狐狸むじな・河童・鬼の昔話など、韮崎の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。