さつき姫
どんな伝承か
南朝の落武者が駿河の岩本在から落ちのび、甲州河内領の福士の奥に世を避けて住むうち、村長の娘との間に女児が生まれ、さつき姫と呼ばれた。生来聡明だが病弱であった。十七の夏、両親が従者を付けて村の上手の池のほとりへ出かけさせると、姫の行方が知れなくなった。村中を探しても見つからず、僧を招いて池畔で施餓鬼供養を営むと、読経の終わらぬうちに姫が現れ、母に抱きついて、不具の身で先々を案じさせるのが不憫だから自ら死を選んだ、私の魂魄は富士川岸のさつきの花だと告げ、蛇体と化して池へ消えた。やがて雷鳴豪雨となり、池は氾濫し、蛇体の姫は福士川から富士川の淵へ姿を隠した。池は今も池代神社の境内に形ばかり残るという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。