小僧に化けて隠れた家康
どんな伝承か
山梨県南巨摩郡早川町奈良田の伝え。武田信玄の後、甲斐は勝頼が治めていた。天正年間、甲斐の攻略をねらう徳川家康は、下山の穴山梅雪が味方についたので下山まで来て談合した。そのころ小林村の南明寺に家康と同郷の儀存という僧がいたため、家康は南明寺を訪ねたが、武田方の警戒が厳しく、小僧に化けて味噌をすりながら身を隠していなければならなかった。儀存のすすめもあって五里の峠を越えて奈良田へ隠れ、そこで二人の密議が持たれ、武田滅亡後の甲斐の治め方が定められたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。