奈良王様
どんな伝承か
人皇四十六代孝謙天皇は聖武帝の皇女で女帝であったが、あるとき体調を崩し、神仏に祈誓すると夢に老翁が現れ、甲斐国巨摩郡早川庄湯島郷に霊湯があると告げた。天平宝字二年五月、天皇は吉野を発ってこの地に着き、仮の宮殿を営んで霊湯に入ると、二十日を越えぬうちに全快したという。天皇は一刀三礼の薬師像を刻んで湯王大権現と祀り、応神天皇を若宮八幡として氏神とし、この地を山代郡奈良田村と号して十年近く住まわれた。天平神護元年に南都へ還り、のち延暦三年六月、村民が皇居の跡に一宇を建てて像を祀り、今も奈良王様と呼んで崇めている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。