維盛の屋敷跡
どんな伝承か
『西国三十三所名所図会』は土人の伝えとしてこう記す。維盛は赤色の澳で伴って入水したように見せかけ、実は逃れて那智山のあたり、色川郷大野村という地に三年ばかり潜んでいた。その後は十津川や有田の奥などに蟄居したという。今もなお有田の奥、安田村という地には、小松を名のる裔孫があると聞こえている。那智の浦で入水したとする『源平盛衰記』の記述とは別に、熊野の山中に生き延びたとする伝えが、色川の地名とともに語り継がれてきた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。