麻呂子親王の鬼退治
どんな伝承か
麻呂子親王が帝の命を受けて鬼退治に来られ、大江町を尋ね尋ねて北の浜の高野村に着いた。親王はいっき神社に、鬼退治ができれば雨だれにいつまでも打たれると願を掛け、成就したので雨だれに祠を建てられた。その宮は火車・土車・水車の鬼が屋敷を引いて建てたが、鬼がよく暴れて晩は女や子どもが外へ出られず、米三斗三升三合と砂三斗三升三合を混ぜた握り飯を与えられた。その土車が尾藤の宮の屋敷も引いたので、同じ握り飯を与えることになった。土に落ちて砂飯になったのを鬼がいただくという習わしが今も伝わり、十月十六日の晩、松明を立てた間を若者二人が握り飯の櫃を担いで出るのを取り合う祭になっている。祀る神は藤原秀郷という。
原典より
〈高木―「鬼神塚」〉麻呂子親王というひとが、帝の命令をうけて鬼退治にこられました。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。