雑煮食わず
どんな伝承か
戦国時代の頃、越前武生の堀町(現越前市)には黒田七郎左ヱ門宗則という豪族がおり、村の背後の米口寄りの丘陵上に城(館)を築いていた。天正の初めに越前一向一揆が起こると、二階堂の白山神社、米口の普門庵、土山の願成寺などが焼かれ、一族は四方へ離散した。のちに宗則の子宗教が再びこの地へ帰って永住し、現在の黒田大門家がその嫡流だという。本家では正月三日間、雑煮の代わりに焼餅を食べる。一揆に攻められたのが元日の早朝で雑煮を祝う暇がなく、城の火で焼けた餅を食べながら奮戦して逃げたので、敗戦を忘れぬよう代々そうしているのだという。館跡には今も城の中、城場、宗則といった地名が残る。
原典より
<高木―「濁りが渕」 柳田―「橋上長者」>戦国時代の頃、此の地に黒田七郎左ヱ門宗則という豪族がいた。—— 日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。