弘法の九十九谷
どんな伝承か
弘法大師は京都から血坂を越えて若狭に入られた。八ヶ峰の山下の道で、持っていた杖で大地を突き呪文を唱えると水が湧き出た。それから小松谷を下り、槇谷を通って堂本へ来て、ある家で茶を求めた。その縁からこの家を植茶という。さらに谷を上って昼食をとった所を昼場といい、そこで小便をしたので、この谷を苦谷ではなく甘谷と名づけた。それでここと裏側の染ヶ谷には甘茶が生えるようになったという。大師は仁吾谷川をさかのぼって足谷に来て堂を建てようとしたが、百谷なければならぬところ九十九谷しかないので断念した。そのとき休んだ所を弘法屋敷という。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。