一谷足りずに捨てられた弘法屋敷
どんな伝承か
堂本川の支流である仁吾谷川を二十六町ほどさかのぼると足谷という山があり、その頂の近くに弘法屋敷と呼ばれる場所がある。弘法大師がここへ邸を構えようとして登った跡だといわれ、コメ石と称する大きな石が今も残っている。ところが大師は、谷が百なければ邸は開かぬと言った。この仁吾谷には九十九の谷しかないと告げる者があったため、大師はここを開くのをやめ、高野山へ移ってそこに邸を開いたと語り伝えられている。
原典より
<高木——「九十九谷」 柳田——「九十九谷」>堂本川の支流である仁吾谷川を遡ること二十六町ばかりの所に足谷という山があるが、その足谷山の頂上近くに弘法屋敷と呼ばれる場所がある。—— 日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。