ナオを叱責する筆さき
どんな伝承か
小松林命の声に「西北へ行け」と示された喜三郎は、当てのない旅の末に、船井郡八木町の茶店の主で出口ナオの三女・福島ヒサと出会い、綾部のナオのもとへ導かれた。明治三十年十月八日、初めて会ったナオの気品に喜三郎は打たれたが、ナオは相手が子供じみて見え、稲荷講社に属することも気にかかって、三日で去るのを引き止めなかった。ところが喜三郎が去って四日目、ナオに「来た人を粗末にあしらうな、あのおん方はこの方が引寄せたのだ」という筆さきが降り、まことの人を西と東に立て分けたと示された。人間的な判断を叱責する神の言葉であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))
加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。