トップ京都府の伝承亀岡市

巨人逝く・二大霊流

所在地京都府亀岡市
年代昭和23(1948)
登場王仁三郎
出典亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界

どんな伝承か

出口王仁三郎は大正十五年から茶わんづくりを始め、未決拘留中にその独自の造型想念を成熟させた。出獄後のわずか二年余りのあいだに深夜まで製作に没頭し、昭和二十一年三月の三十六回目の窯を最後とするまで三千個ともいわれる茶わんを焼いた。同年八月二十六日に脳出血の発作で床につき、昭和二十三年一月十九日午前七時五十五分、七十八歳でこの世を去った。著者は、開祖ナオと王仁三郎に具現したAとBの二大霊流が、電気の直流と交流のように相反しながら人類史を貫いて今も渦巻いていると説いている。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))

加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。

種別から探す

昇天

亀岡市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界』の伝承