耀盌の陶芸
どんな伝承か
出口王仁三郎の茶碗づくりは大正十五年に始まるが、その独自の造型想念が成熟したのは、第二次大本事件による未決拘留中のことであった。出獄後、王仁三郎は制作を本格化させる。彼の想念に萌え出たのは、在来のくすんだ寂び色ではなく、近代フランスの油絵のようにあざやかで奔放な色彩を駆使した絶美の茶碗であった。七十歳を超えた老齢で、深夜の一時、二時に及ぶまで制作に没頭し、昭和二十一年三月の三十六回目の窯を最後とするまで、わずか二年余のあいだにその数は三千個に及んだという。この耀盌は、後年の陶芸隆盛の先駆とも評される。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))
加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。