五ヶ山と五升櫃田
どんな伝承か
久乃木はオヤッサマのいない所で、大方の家はよその在所の人の小作をしていた。それでも山は石動山の麓に広く持っており、そこが今、五ヶ山と呼ばれている。ところが村中が貧乏で、たった五文の御収納金が払えず、西・坪川・若林・飯川の村の者に山を買ってもらってその金で納めた。その時、飯川の者が自分の在所に一番近い所を分けてくれるなら貰うと言ったので、言われた通りにし、久乃木のものは山の一番奥になった。また田圃の中に五升櫃田という所があるが、飢饉の年に食う米もなくなり、隣村の西村に頼んで五升櫃一杯の焼飯と田を交換したからだという。
原典より
むかしから、久乃木はオヤッサマのおらん所で、大方の家は、よその在所の人の小作で田んぼを作っとった。—— 鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗))
『鹿島町史 通史・民俗編』所収の伝説。石川県鹿島町(能登・現中能登町、石動山麓と邑知地溝帯)に伝わる自然・信仰・歴史伝説を採録する。