がんにゃま(蟹山)
どんな伝承か
昔、小田中の在所のはずれに真土寺という寺があった。小田中の田圃の辺りが大方邑知潟の水の中であった頃、夜に和尚が勤めをしていると生臭い風が吹いてきて、青白い顔の坊主が現れ、仏教の問答を持ちかけては消えた。何度も続くので和尚は正体を暴こうと待ち構えた。ある晩、坊主は最後の問答だと言い、「両足八足天二眼、これ如何に」と問うた。和尚が「それは蟹じゃ」と当てると坊主は逃げ出し、和尚は囲炉裏の薪を投げつけて眉間に当てた。翌朝、潟の波打ち際に頭から血を流した大きな蟹が死んでいた。死骸を埋めた近くの山を今もがんにゃまと呼ぶ。
原典より
むかし、小田中の在所のはずれに、真土寺という寺があったと。—— 鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史・自治体史(民俗))
『鹿島町史 通史・民俗編』所収の伝説。石川県鹿島町(能登・現中能登町、石動山麓と邑知地溝帯)に伝わる自然・信仰・歴史伝説を採録する。