流木に化けて下男を呑んだ大蛇
どんな伝承か
長谷場の木戸橋の東の田に三基の石の供養塔があり、そのうち延享四年四月七日の銘を刻んだ阿弥陀如来像にまつわる話が伝わる。ある年の四月初め、三日三晩の大雨で入山の奥から濁流が押し寄せ、若者たちはとび口で流木を引き上げ、ほかの者は土手を固めていた。素封家の森下家に幼いころから養われた働き者の下男も、秋には妻を迎える身で真っ先に駆けつけた。大きな流木にとび口を打ち込むと逆に水へ引き込まれ、波間に大蛇の鎌首がのぞいて消えた。下男は二度と見つからず、流木と思ったのは大蛇の胴で、怒った大蛇に呑まれたのだとされた。村人は川岸に石仏を立てて弔い、許婚は何年も朝夕その前で祈り続けたという。
原典より
人々は下男の姿を波の間に追うと、そのすぐ先の方の波間に、大蛇の大きな鎌首が見えたが、すぐに見えなくなり、下男の姿も濁流に没してしまった。—— 田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史)
『田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説』は、田沼町が編んだ町史第一巻のうち、伝説の節の大半とことわざの節の冒頭を収めたものである。僧や鎧の祟り、神社の霊験、佐野宗綱の出陣、藤原秀郷ゆかりの井戸、義民、地名の由来、落人、寺社の縁起など、町内各地に伝わる話を地名や家名とともに記す。伝説は英雄偉人・義民・地名・落人・寺社縁起などの項に分けて並べ、ことわざの節は調査員の協力で集めたものを五十音順に掲げるが、いの項で終わっている。