白竜神が名乗り出た池・白竜潭
どんな伝承か
田沼町総合運動場の北東、愛宕荘に近い山すそ一帯は、大昔は水を満々とたたえた池で、流れ出る水が能忍地の田畑を潤していた。上州女堀の里に住んでいた佐野庄司成俊がここで休んで水面を眺めていると、いつの間にか一人の老人がそばに立っていた。何者かと問うと、老人は自分はこの池の主の白竜神だと名乗り、近くに住んで権現として祭れば敵を退け、火の難を除き、子孫を守ろうと告げて姿を消した。成俊はその年のうちに堀と館を構えて移り住み、周りに社寺を建て、火伏せの愛宕権現を白竜神とともに山頂に祭った。これが今の愛宕神社で、池は白竜潭と呼ばれる。明治十八年には径一メートルほどの小池になり、今は舗装道路となっている。
原典より
成俊は不思議に思って、「汝は、何者なるか」と問うと、その老人は、「我は白竜神でこの池の主である。—— 田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史)
『田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説』は、田沼町が編んだ町史第一巻のうち、伝説の節の大半とことわざの節の冒頭を収めたものである。僧や鎧の祟り、神社の霊験、佐野宗綱の出陣、藤原秀郷ゆかりの井戸、義民、地名の由来、落人、寺社の縁起など、町内各地に伝わる話を地名や家名とともに記す。伝説は英雄偉人・義民・地名・落人・寺社縁起などの項に分けて並べ、ことわざの節は調査員の協力で集めたものを五十音順に掲げるが、いの項で終わっている。