久丸王と小塩津の寝まつり
どんな伝承か
吉野朝、およそ六百年前のころ、久丸王と呼ばれる高貴な人が戦にやぶれ、東に西にと船で逃げるうちに、どうしたわけか小塩津の小磯の浜に漂着した。これを知った村人たちは畏れかしこみ、王を助けてひとまず正福寺に移し、かくまうことにした。しかし世間をはばかる身であるから永住はできず、間もなく江比間に移り、さらに神戸へ赴いて余生を送ったという。小塩津の日吉神社で行われた寝まつりは、人に見られることを嫌った久丸王をしのぶ祭りであるため、当日、人々は家に籠って静かにしていた。正福寺はこのとき王が入られた寺ということから、山号を入王山と称するようになったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渥美町史 考古・民俗編(現代(町史民俗編))
愛知県渥美町の伝説。本能寺の変で伊賀越えした家康が松に掛けて休んだ鬼松と軍資金埋蔵の歌、念力で野いばらのとげが落ちて逃れた権現森のとげなしばら、頼めば膳を貸す膳貸せ岩、白馬に化けて池に引き込もうとした池の主、大地震で村の半分が海に沈んだ小塩津、漁師が拾った光る島の石のとうどうさん、心中に失敗し身を投げた娘の火の玉のおよしぼうこんなど、武将伝説・池の主・霊石・亡霊の伝説を収める町史民俗編。