氷川様を驚かせて絶やしたソバ畑
どんな伝承か
上大久保、下大久保、大久保領家——この三か所に暮らすある一族は、昔からソバを作らずにきた。伝えはこうである。大宮の氷川様が帰る途中、野火止のあたりで日が暮れ、荒川まで来ると水がなみなみと満ちていた。やむなく飛び込み、后を背負って跳ねながら渡ったので、その地を羽根倉と呼ぶようになった。さらに進むと、また大きな川が横たわって見える。近寄れば川ではなく、一面に咲いたソバの花だった。驚かすなと咎められて以来、ソバは作られない。『氷川大宮略記』は、この家の先祖を、日本武尊の東征の折にソバ畑を大河と偽った夷賊の子孫とし、そのため氷川神社への参詣も断たれたと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史・自治体史(民俗))
『浦和市史 民俗編』第十章所収の伝説。埼玉県浦和市(現さいたま市)に伝わる口承を採録する。