清涼殿を裂いた道真の雷
どんな伝承か
非業のうちに世を去った菅原道真への恐れは、なみなみならぬものだった。政敵の時平が壮年で没し、その血筋が絶えたのも道真の祟りだと信じられた。人々の肝を冷やしたのが延長八年の清涼殿への落雷である。突然の雷鳴とともに殿の西南の第一柱へ雷が落ち、居合わせた大納言藤原清貫は衣を焼かれ胸を裂かれて即死、右中弁の希世も顔に傷を負った。ほかにも髪を焼かれて命を落とす者、腹や足に重傷を負う者が出た。保明親王の死や疫病の流行までが御霊のしわざと結びつけられ、朝廷は道真の霊へ正二位を贈るなど鎮めの手立てを重ね、天暦元年には北野に社殿を建てた。これが北野天神である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・昭和)
武田静澄『河童・天狗・妖怪―民俗随筆』。全国の妖怪伝承を天狗・河童・ざしき童子・妖怪心理の四部で随筆風に集成する。天狗篇では天狗の団扇・誕生、祈禱くらべ、天狗に憑かれた女、幻術つかい、神かくし、天狗にさらわれた人々(お庭番のゆくえ・天から降った男・ふたり夫・天狗六兵衛・おかんの末路)、神かくしにあう心理、ぐひん餅と山荒れ、天狗の相撲場などを収める。